大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6313号 判決 1978年5月29日

原告

打本愛子

外四名

右五名訴訟代理人

千葉孝栄

外五名

被告

株式会社朝日新聞社

右代表者

広岡知男

右訴訟代理人

芦刈直巳

外三名

被告

株式会社朝日広告社

右代表者

山口善助

右訴訟代理人

酒井什

外三名

被告

株式会社日本経済新聞社

右代表者

圓城寺次郎

右訴訟代理人

小林健男

被告

株式会社日本経済広告社

右代表者

丹羽美信

右訴訟代理人

村中清市

被告

株式会社毎日新聞社

右代表者

梅島貞

右訴訟代理人

堤重信

程島利通

被告

株式会社毎日広告社

右代表者

岩下秀三郎

右訴訟代理人

菅沼隆志

北川豊

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告らの被告各新聞社に対する主位的請求について

一被告各新聞社が、別紙一の「情報提供を受けた日」欄記載の日に、同表の「広告内容」欄記載の各広告(以下、本件広告という。)をそれぞれその発行にかかる各新聞上に掲載したことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>を総合して判断すると、原告打本愛子、同近藤栄一、同本田正は被告朝日新聞社発行にかかる朝日新聞を、原告佐々木慶三郎、同本田正は被告日本経済新聞社発行にかかる日本経済新聞を、原告福田悦子は被告毎日新聞社発行にかかる毎日新聞を、それぞれ本件広告掲載以前より購読していたことが認められるから、本件広告掲載当時、原告打本愛子、同近藤栄一、同本田正と被告朝日新聞社との間には同被告発行にかかる朝日新聞の、原告佐々木慶三郎、同本田正と被告日本経済新聞社との間には同被告発行にかかる日本経済新聞の、原告福田悦子と被告毎日新聞社との間には同被告発行にかかる毎日新聞の、それぞれ供給入手を目的とする契約関係が成立していたものと解せられ、反証は存しない。

しかして、被告各新聞社が日刊新聞の発行を業とするものであることは公知の事実であり、その各新聞が日本における一流紙であることは当事者間に争いがないところ、原告らは、いずれも竣工前のマンシヨンの売買に関する本件広告が被告各新聞社発行の新聞に掲載されたため、広告主たる日本コーポの竣工能力を信頼したが、実際には日本コーポにはその能力がなかつたのであるから、被告各新聞社の本件広告掲載行為が、購読者たる原告らに対する情報提供契約上の債務の本旨に添わない履行であつた旨主張する。

そこで、右のように一流の日刊新聞を発行している被告各新聞社が、原告らに対して負担する債務の内容について、まず検討することとする。

二一般に新聞社と購読者との間には、新聞社の発行にかかる新聞の供給入手を目的とする関係が認められるのであるが、右新聞の内容についてはこれを事実報道・論評と広告に大別することができるところ、購読者が新聞を購入するのは、専ら新聞紙という有体物自体の所有支配のためではなく、そこに記載、報道されている前記の如き内容の認識、理解のためであることはいうまでもない。それゆえ、新聞社と購読者との間の新聞をめぐる法的関係は、単に有体物たる新聞紙の製作供給入手を目的とする関係にとどまらず、すすんでそこに記載・報道されているところの一定の内容を有する事実及び意見等(これらを情報と呼ぶことも可能であろう。)の製作供給入手を目的とする関係にあるものというべきである。

そして新聞社は、不特定多数の購読者に対し、みずから取材又は創造し或いは取り次いで報道、論評及び広告を掲載した画一的内容の多量の新聞を製作供給するものであるから、新聞社が、その提供にかかる新聞の内容について、購読者に対して負うべき債務の内容を考えるにあたつては、古典的な個人間の契約に基づく債権債務関係の如き個別当事者間における具体的な合意内容を探求することは当を得ないものであつて、専ら右の如き性質を有する新聞の目的、機能、内容等から演繹してこれを決すべきものである。

そこで、以下、右の見地から検討を進める。

三被告各新聞社は株式会社であり、その発行にかかる各新聞によつて購読料及び広告掲載料等を得、これをその収益としているものであるから、新聞はそれ自体、被告各新聞社の営利事業活動の一環としての目的・機能の面を有することは明らかである。

他方、新聞は、週刊誌、テレビ及びラジオとともに四大媒体と称され、その購読者は日本全国に及んでおり、<証拠>によれば、昭和三〇年ころの新聞の独占化状況は、被告朝日新聞社、同毎日新聞社及び訴外読売新聞社の発行にかかるいわゆる三大新聞の発行部数が全国の総発行部数の四四パーセントを占め、これに訴外産業経済新聞社及び被告日本経済新聞社の発行部数を加えると実にその五三パーセントを占め、被告各新聞社だけの発行部数をとつてみてもその三三パーセントに及んでおり、被告各新聞社の発行にかかる新聞がわが国の代表的新聞と目されること、新聞がマスメデイアの中で最も頼りになる情報源として国民の中で意識されていることが認められ、日刊新聞という報道媒体は国民の日常生活に極めて密着した存在となつているのである。そして右の点に加え、報道機関の報道が、国民の知る権利に奉仕するものとして憲法の保障のもとにあること(最高裁判所昭和四四年一一月二六日決定((刑集二三巻一一号一四九〇頁))参照)に照らすと、新聞の果たしている公益的機能を首肯するに充分である。

そこで、次に以上のように営利的側面と公器的側面とを帯有する新聞の内容、殊に広告とその他の記事等との関係について考える。

四新聞の歴史をたどるまでもなく、報道媒体たる新聞の内容の本来的目的・機能が事実の報道にあることは明らかであり、その点にこそ新聞の公器たるゆえんがあるのであるが、社会関係の多様化に伴い新聞社の取材した事実に基づき、これに一定の解釈や意見を加えた論評も、当該新聞を他の新聞と識別させ、読者に対し、特定の事象に対する一定の見解を提供するものとして、やはり国民の知る権利に奉仕する機能を営むに至るものといえ、いずれも現今の新聞には不可欠の要素となつているといえよう。

これに対し、広告は、本来それ自体として媒体たる新聞に不可欠の要素とはいえないのであり、この点は放送媒体であるテレビ、ラジオにおける公共放送の存在を想起すれば明らかであり、また<証拠>によれば、過去外国において広告を掲載しない新聞の発行例があることが認められるのである。従つて、広告を掲載するか否かという点に関する限り、そのいずれを採るかは専ら当該新聞社に委ねられており、それ自体としては本来購読者に対する債務の履行に影響を及ぼすものではないというべきである。

しかしながら、新聞の営利性からみても、広告を掲載しない新聞の長期継続発行が可能であるかについては疑問の存するところであり、現に<証拠>によれば、前記の広告を掲載しない新聞も、購読料が高額で且つ不便であることから日浅くして廃刊のやむなきに至つたことが認められ、また日本の代表的新聞社である被告各新聞社の発行する新聞には、いずれも少なからぬ量の広告が掲載されており(因みに、<証拠>によれば、昭和四四年における日刊新聞一〇二紙の紙面全体に占める広告の割合は約四一パーセントである。)、又<証拠>によれば、日本の新聞社の経営状況とし、昭和三九年度以降は従前とは逆に広告収入が販売収入(購読料)を上回つていることが認められるのである。他方、<証拠>にみられる昭和四四年当時の統計調査によると、全国一万六五一一人の主婦の半数程度の者が四大媒体のうちで新聞の広告が最も信頼でき、買物の選択に役立つと考えていることが認められるのである。

従つて、新聞社がその営利性、企業性の観点から、その発行にかかる新聞上に、報道・論評記事と並べて、広告を掲載することを常態とし、他方購読者もその新聞広告を期待しかつ信頼して社会生活上これを利用していることから考えると、新聞社の購読者に対する法的関係上これを軽視し、新聞の機能的側面のみからみて新聞の内容としての報道・論評と広告との間に本質的差異を設け、広告に関する限り新聞社は単に広告主に一定のスペースを提供しているにすぎないから、広告内容について、広告主に対しては格別、購読者に対して通常なんらの契約上の責任をも生ずる余地がないと断ずるのは、当を得ないものである。

尤もそうだとしても、第一に、前示のとおり新聞の本来の目的・機能は事実の報道にあり、この報道及び論評と異なり、広告は新聞社みずからが取材・作成するものではなく、広告主から依頼された広告をおおむねそのまま掲載するものであり、殊に本件広告の如き購買勧誘を主眼とする広告内容は、その目的からして自ら一定の誇張が伴うことは否み難いのである。第二に、<証拠>によれば、新聞広告の中でも、報道記事に定評のある一流紙といわれる新聞に掲載された広告に対する評価が他よりも高いこと、そのため業者も一流紙に広告を掲載したいと希望し、新聞社も質の良い広告を掲載することが同時にその新聞に対する評価を高め、ひいては広告収入の増加、安定に資するものであると考えていること、原告近藤栄一及び同佐々木慶三郎も本件日本コーポのマンシヨン広告がほかならぬ一流紙に掲載されたことがその購入を決定する大きな要素となつたことが認められるから、右の各事実によれば、新聞の報道記事の正確性に対する信頼・評価が、その新聞に掲載される広告に対する信頼をも惹起しているものと認られるのである。

叙上判示の諸点を考慮すれば、新聞の目的・機能という面からみると、新聞広告は、新聞の報道・論評に比して本質的にその性格を異にするとまではいえないものの、逆に同質・同価値なるものともいえず、自ら両者の間には主従の別ともいうべき関係が存することを否定できないのである。

五以上の考察をふまえて、被告各新聞社が新聞広告を掲載するにあたり、購読者に対していかなる契約上の注意義務を負担しているかについて検討する。

広告、就中購買勧誘広告は、読者に対し、広告商品それ自体の形状、機能等を文字又は図や写真などで説明し、その購買意欲を喚起させるものであるが、読者は、広告商品の現物を見、その性能等を他の商品と比較するなどしなければ、その広告内容の真実性を判定することができず、またそのためには商品の内容、種類、性質により多少なりとも専門的知識及び経験を要するものである。そして、右広告商品が不動産である場合には、一般消費材と異なり同一の商品というものは存せず、しかも現物を調査するには現地に赴く要があるとともに、わが国における登記制度上公信主義を採用していないため、その真実の権利関係の調査には多大の困難を伴うことに加え、一般に不動産自体の価格が高く、特定の業者等を除けば不動産取引の経験に乏しい者が多数であること、それにもかかわらず、一般に不動産取引にあたつて、専門的知識・経験を有する弁護士等にこれを委任する例が必ずしも多くないことは、いずれも公知の事実である。しかも、<証拠>によれば、本件広告はいずれも竣工前のマンシヨンに関するものであるところ、かくの如く商品自体が未だ現存すらしていない場合にあつては、商品自体の形状すら現実に確認することができず、当該マンシヨンを購入する旨約してみても、その完成及び引渡を確実に担保する方法に欠けるのであつて、いきおい購買希望者は、施主たる売主の竣工能力等にまで調査の労を費す必要に迫られるのである。

しかしながら、一般に不動産取引自体につき専門的知識経験の乏しい通常人に右の如き点までの調査を期待することは難きを強いる面があり、通常広告を掲載した媒体(本件の場合は被告新聞社の新聞)に対する社会的信頼をもつて前記の如き調査の一部に代えようとするのもやむをえない場合がある。

これに対し、被告各新聞社の如き一流の新聞社は、全国各地にその情報網を有し、各部門について専門的知識・経験を有する人材を擁しており、通常人とは比べものにならない程の調査能力を有しているばかりか、新聞広告を掲載することによつて営業収入の過半をあげているのであるから、一般論としてみれば、被告各新聞社は、新聞広告を掲載するにあたつては、購読者がその広告を軽信して購買活動に入り、ために不測の損害を被ることのないよう、広告内容の真実性に留意し、広告商品の内容・種類・性質によつては広告媒体業務に携わる者として社会通念上必要かつ相当と認められる調査・確認の措置を施すべき義務があるものというべきである。

しかしながら、右は一般論であつて、広告の中でも、不動産の購買勧誘広告の如きものについては、それ自体単に見る者に対して購買等を誘引するにすぎないところ、例えば医薬品の如くその種類が限定されているため、これを必要とする者はいずれかの商品を選択しなければならないような場合とは異なり、不動産の如き商品にあつては、購買活動に入るか否かの選択の余地自体が広汎にその者に留保されているのであるから、不動産購買勧誘広告については、購買を欲する場合に初めてその内容の真実性が積極的に問題となるのであり、通常人も専門家に委託することによりその調査等を行う手段方法があるのであつて(不動産の場合、それ自体の価格に比してその調査に要する費用が均衡を失するものとは通常考えられない。)、しかも広告それ自体が直ちにそれを利用しようとする購読者の生命・身体・財産に影響を及ぼすものとはいえないから、新聞社は、道義的・倫理的責任についてはともかく、法令により特に一定の内容の広告が禁止されている(例えば薬事法六八条)など広告商品の内容・種類・性質それ自体から又は広告媒体業務に携わる者として、社会通念上特に広告内容の真実性に疑念を抱くべき事情がある場合を除き、通常積極的に広告内容についてその真実性を調査・確認することまでの注意義務を負つているものとはいい難いのである。

従つて、原告らの、本件広告の如きもいわゆる「青田売り」広告の掲載にあたつては被告各新聞社に常に右のような調査確認義務があることを前提とする主張は、未だこれを採用することができない。

そこで、本件広告掲載時において、被告各新聞社が、本件広告内容等それ自体から、又は広告媒体業務に携わる者として、社会通念上本件広告内容の真実性とりわけ日本コーポの竣工能力について特に疑念を抱くべき事情が存したかどうかについて、以下、不動産取引広告に関する法的規制、被告各新聞社等の規制、同被告らの広告審査の態勢、及び本件広告掲載当時のころにおける日本コーポをめぐる疑惑などの諸点を逐次検討のうえ、右特段の事情の有無について判断することとする。

六まず建物取引に関する広告についての法的規制についてみるに、宅地建物取引業法(昭和四六年法律第一一〇号による改正前のもの。以下、宅建業法という。)については、宅地建物取引業者(以下、宅建業者という。)が誇大広告をすることを禁じている(一四条)のみで、不動産広告の内容に関し他にこれを規制する規定(例えば、建築主事による建築確認処分前の建物の取引広告の制限等。)は見当らない。尤も、不当景品類及び不当表示防止法一〇条に基づく宅地建物取引の表示に関する公正競争規約(昭和四六年五月一八日公正取引委員会告示第三二号による変更認定前のもの。以下、公正競争規約という。)には宅建業者の不動産広告に関する規制があるところ、同規約一条によれば、該規約の目的は「住宅及び住宅用地の取引について行なう表示に関する事項を定めることにより、不当な顧客誘引を防止し、宅地建物取引業における公正な競争を確保すること」にあるのであつて、その規制内容をみても、主として広告に記載すべき事項を掲記しかつ用語の定義を厳密に定め、まさに右目的の謳うように顧客が広告文言によつて抱く像と現物とが著しく乖離することのないよう配慮していることが窺われるが、後に述べるように竣工前の建物取引に関する配慮、例えば建築確認番号の表示などは凡そ要求していないのである。そして<証拠>に弁論の全趣旨を加えて判断すれば、本件広告はいずれもその掲載当時適用されていた公正競争規約(但し、被告毎日新聞社掲載の広告以外の広告については、昭和四四年一一月二七日公正取引委員会告示第五七号による変更認定前のもの。)の規制上表示すべき事項と定められていた事項をすべて具有していると認められるのみならず、そもそも同規約は、宅建業者が締結したものを公正取引委員会が認定したものであるから、業者の広告を取り扱う新聞社等の媒体に対しては直ちに法的効力を及ぼすものではないのである(因みに、昭和四七年九月一日公正取引委員会告示第三九号による変更認定により、同規約上広告代理店等が右のような規約の趣旨に従つて広告を作成すべき旨の条項が付加された。)。

次に、日本新聞協会の制定にかかる新聞広告倫理綱領及び同細則については、後に述べるとおり、各新聞社が広告を掲載するにあたつて依るべき倫理規範を示したものであるから、その規定をもつて直ちに被告各新聞社がその掲載する広告の審査をなすにあたつて負うべき法的注意義務の内容、程度等を示すものとはいえない(因みに、<証拠>によれば、本件日本コーポ等の倒産により、既にその竣工前のマンシヨンを購入していた多数の者がマンシヨンの引渡はおろか支払ずみの代金すら回収困難となり社会問題化したことなどから、未建設住宅を購買した者に対する法的保護の必要性が強く意識されるに至り、宅建業法も改正され((昭和四六年法律第一一〇号))、未建設建物の広告の掲載及び売買契約の締結等を一定の時期まで制限し、更に売主が買主から建物完成前に前金を受領する場合には前金の保全に関する措置を講ずべきことを命ずるなどした((改正後の同法三三条、三六条、四一条))ため、昭和四七年九月一日公正取引委員会告示第三九号によつて変更認定された公正競争規約も、これに歩調を揃えて未建設建物の広告の開始時期を新たに定め、その必要的記載事項に建築確認番号を加えるなどするに至つたことが認められるが、いずれも本件広告以後の措置である)。

七次いで、被告各新聞社の広告審査態勢等について検討する。

<証拠>を総合して判断すると、以下の各事実が認められる。

1  広告審査の基準等について。

被告各新聞社が加盟している日本新聞協会は、昭和三三年に新聞広告倫理綱領を定め、その中で新聞広告が「責任の負えるもの」(一条)でありかつ「虚偽誇大な表現により、読者に不利益を与えるもの」でないこと(四条)を要するものとし、更に昭和四一年には右綱領の具体的取扱いについて新聞広告倫理綱領細則を定め、その中で綱領四条に関し「虚偽や誇大など表現が事実と異なる」((16))広告については掲載を拒否又は保留すべきものとしていること。

被告各新聞社はそれぞれ独自に広告審査基準を定立しており、被告朝日新聞社の定めた広告掲載基準によれば、未建設の一戸建住宅(建設途中のものも含む。)の広告についてはその実績度及び信頼度を確認したもの以外の広告を掲載しないこととしているが、他の被告各新聞社の基準にはこのような趣旨の規定すらなく、また右朝日新聞社の規定も、竣工前のマンシヨンの広告については投資的側面があることも考慮してその掲載制限の対象としておらず、従つてまた建築主事の建築確認番号を広告中に記載することなどを定めていないこと。

被告各新聞社の定める広告掲載基準中には、公正競争規約を遵守又は留意することを定めているものがあること。

建売住宅に関する広告について被告各新聞社の定める掲載基準をみると、広告物件については価格、面積をはじめ交通機関、最寄りの交通機関からの所要時間算定基準(例えば、徒歩一分は八〇メートルとする。)等詳細であるのに対し、広告主自体については、その住所、名称、連絡先を明示することを要するのみであつて、その主眼は広告の責任の所在を明らかにすること(前記綱領細則(3)参照)にあることが窺われること。

本件広告の内容をみると、その真実性はさておき、形式的記載事項としては上記綱領、同細則及び被告各新聞社の審査基準に違背していないこと。

2  右の審査基準に基づく、当時の審査態勢等について。

被告各新聞社は、その掲載にかかる新聞広告をすべて特定の広告代理店(複数)を介して受け容れるという態勢をとつており、なかには一定の広告面の広告募集については広告代理店にその責任を負わせているものがあること。

広告代理店は、広告主の依頼によりみずから広告原稿を作成する場合を除き、広告主から持ち込まれた広告原稿を審査校正のうえ、これを新聞社に取り次ぐのであるが、特に広告主が広告原稿を作成してくる場合にはその原稿持ち込みが遅れがちで、掲載予定紙発行の前日夕方となることがままあること。

被告各新聞社は、取引関係のある特定の広告代理店に対し、それぞれ独自に作成した広告審査基準を頒布し、内容について説明を施すなどしたうえ、これに沿つて広告原稿を審査するよう指示していたこと。

広告代理店は、これを受けて、広告主に対し主として広告表現上の注意を与えていたこと。

被告各新聞社と広告代理店それぞれにおける広告の審査・校正の重点は、主として誤字・脱字のチエツク等にあり、被告朝日新聞社の場合、昭和四四年当時一日の広告量が約一〇〇〇件あるのに対し、内容の審査自体にあたる者は僅か一、二名程度にすぎないなど、総じて取扱広告量に比して広告審査の担当員が少ないこと。

広告代理店の広告主に対する調査は主として広告代金の回収確保という観点から行われており、新聞社との契約上広告代理店が広告代金未回収の危険を負つていたこともあつて、被告各新聞社は、広告主の信用調査をあげて広告代理店に任せ、独自の調査を行つていなかつたこと。

また被告各新聞社は、広告内容について特に不審な点がある場合を除きその審査を行つておらず、他方広告代理店のその点に関する審査も机上のものにすぎず、不動産広告の場合でも現地調査を行わず、たかだか宅建業者の登録免許の確認や建築主事による建築確認処分の有無の調査などにとどまつていたこと。

被告各新聞社において、広告掲載基準や広告主の信用性についての情報交換等が行われていないこと。

被告各新聞社の内部機構として、編集部門と広告部門とは互いに独立しており、相互に情報交換する態勢がとられていないため、例えば朝日新聞に掲載された不動産広告が誇大であることを示す記事が同新聞の社会面に報道された直後にも、同新聞の広告欄に従前とほぼ同内容の誇大広告が掲載された例があること。

被告らは、日本コーポに対する後記の警視庁や東京都による捜査や立入調査が大々的に始められたとの報道によつて、初めて日本コーポの広告にかかるマンシヨンの竣工可能性のないことを知り、以後日本コーポのマンシヨン広告の掲載・取次ぎをやめたこと。

本件日本コーポなどの一連の竣工前マンシヨンをめぐる問題が生じた後、東京都は、各新聞社の広告担当者を集め、不動産業者に関する情報を提供する態勢をとつたこと。

被告朝日新聞社及び同日本経済新聞社は、そのころ従前からの机上審査制度を改め、新たに新聞広告審査協会を設立のうえ広告主や広告内容自体について現地調査等を行うようになり、総じて被告各新聞社は、広告代理店とともに広告の実体について実質的調査を行う態勢をとり始め、その結果不動産広告の五五パーセントが真実でないことが判明したこと。

以上の各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠は存しない。

八以上認定の事実関係によれば、本件広告が掲載された昭和四四、五年当時、被告各新聞社は、特に法令上の要請はなかつたものの、新聞協会の定めた新聞広告倫理綱領、同細則に則り、各社独自の掲載基準を定めたうえ、その審査を専ら広告代理店側に委ねていたが、広告代理店の側も担当者の人員不足等から広告主の経済的信用性等を除き専ら広告の字句、表現等についての机上審査に終始し、現地調査等を行つていなかつたこと、建売住宅広告に関する右掲載基準の規制は、広告主の責任の所在と現存する建物の構造、交通機関との関係等に重点が置かれており、竣工前のマンシヨン広告主の竣工能力等については全く考慮を払つていなかつたこと、ところが本件日本コーポなどに対する捜査等の後、被告各新聞社とも広告審査態勢を刷新するなどして広告内容の実地調査に乗り出したことが認められる。

以上によると、昭和四四、五年当時の被告各新聞社の新聞広告に対する審査方法については、みずから定立した基準と広告内容が実際に符合しているか否かの調査すら行つていないなど多々杜撰な点があつたことは否み難く、その意味では被告各新聞社に少くとも道義的責任の存することは否定し難い。

しかしながら、翻つて考えてみるに、広告なるものは本件広告主の名と責任のもとにおいてなされるものであるうえ、購買勧誘広告の如きについては多少の誇張が存しうるのは避け難いところといわざるをえず、又前記の新聞広告倫理綱領、同細則は、その制定方法及び内容からみて、各新聞社が新聞広告を掲載するにあたつて目標とすべき倫理規範たる性格を有するものであり、被告各新聞社の制定にかかる広告掲載基準も、右綱領を実施するための自主規制たる性格を有するものというべきである。この点に加え、前記認定事実によれば、被告各新聞社及びその命を受けた被告各広告社において、実際に広告の審査を担当する者がごく僅かであり、しかも机上審査に終始していたという運用実態からみると、被告各新聞社の前記各基準は、むしろ各新聞に広告の掲載を希望する広告主に対する倫理規範としてその基準に沿つた自粛を求め、これに反する広告である場合にはその掲載を拒否又は保留することを宣明したにとどまるものというべく、広告内容が現実の広告物件と符合するか否かについてみずから調査確認することまでをも当然に予定していたものとはいい難い。

以上の諸点に、被告各新聞社において当時取り扱う広告量に比してその審査にあたる人員、時間的余裕が著しく不足しており、広告審査態勢が組織的に不十分な常態にあつたことや、本件の頃まで竣工前マンシヨンの広告に関するトラブルが特には生じていなかつたこと等の前認定の事実をも加えて判断すれば、本件広告は、その内容として不動産の取引を目的とするものであるとはいえ、その形式的記載事項については被告各新聞社の広告審査基準に抵触するものではなかつたのであるから、本件の場合、その広告の外形的内容からみる限り、社会通念上、更にこれに疑念を抱くべき特段の事情があつたものとは認め難く、即ち右外形からする限り、被告各新聞社につき契約上の義務としての注意義務の懈怠を云為することは、法律上難きを強いるものといわざるをえない。

九そこで、すすんで被告各新聞社が、本件広告掲載当時、その文言・外形の如何にかかわらず、広告主である日本コーポの竣工能力等の実質的真実性について、広告媒体業務に携わる者として、社会通念上特に疑念を抱くべき事情があつたか否かを検討する。

<証拠>によれば、以下の各事実が認められる。即ち、

訴外日本建設協会を中心とする日本コーポなどのいわゆる日建グループに属する各会社は、過去数年間にわたり度々その商号を変更していたが、昭和四〇年六月、東京都は、日本建設協会に対し宅建業法に基づく調査を極秘裡に始めており、また同四二年七月には日建グループの実質的支配者と目され、少なくとも日本コーポの支配者というべき玉枝こと武藤真吾が脅迫罪により逮捕され、かつその後同人の国有財産不法占拠の事実が毎日新聞に報道された。このころ東京都や警視庁、大蔵省等は、日建グループの業務が出資法に違反するとの疑いを一応持つたものの、確証を掴むに至らずそのまま推移していたところ、昭和四五年四月以降日建グループが宅建業法及び出資法に違反する疑いが明らかとなつたため、警視庁は秘密裡にこの点を捜査し、同年五月二八日まず日建グループの一員である日本住宅総合センターの取締役らが出資法違反で逮捕され、翌二九日東京都も日本コーポ等に対する宅建業法違反の疑いで立入調査を開始したため、日建グループをめぐる疑惑が公然化した。その後同年六月三〇日日本建設協会は突如宅地建物取引業を廃業し、同年八月五日には日本コーポらが裁判所に和議申立をしたのであるが、同月二〇日警視庁は日建グループ全体に対する捜査活動に踏み切り、同月二二日には東京都が日本コーポに対し宅建業者の免許取消処分を行つた。そして翌四六年一月二〇日日本コーポ等に破産宣告が下り、同年二月及び五月には武藤真吾らの日建グループの責任者が出資法違反、宅建業法違反により起訴されるに至つた。

ところで訴外多田建設株式会社は、昭和四一年日本建設協会から本件マンシヨン等の建設を請け負つたが、同協会の信用状況に疑いがあつたため興信所、取引銀行等を通じてこれが調査を行つたところ、その信用状況が悪いとの報告が、しかも通常の調査と比べて著しく早く戻つてきたので、請負契約を中途解約するという異例の措置をとり、また昭和四四年中にも日本コーポからの建設請負の申込みを断わつた。

原告佐々木慶三郎は、不動産会社に勤務している友人から日本コーポが業界で評判が良くない旨聞いていた。

しかして、昭和四五年四月当時、日建グループのマンシヨンにつき既に多数の購買者が代金の全部又は一部を支払つていたため、東京都は、日建グループの疑惑をいち早く公然化することが、かえつて取付け騒ぎを起こし、日建グループ各社の倒産を必至たらしめ、その結果右の各購買者の代金回収すら覚束なくなることを危惧し、敢て前記立入調査に至るまで日建グループの疑惑を公表せずにいた。

そのため被告各新聞社の記者が日建グループの疑惑に関して都庁を足繁く訪れ始めたのは、昭和四五年五月二八日の一連の捜査以降のことであり、被告朝日新聞社の広告担当者及び被告各広告社の新聞広告担当者も、右昭和四五年五月二八日以降の一連の捜査及び立入調査が大々的に報道されるまで、日本コーポをはじめとする日建グループの疑惑に関する情報を有せず、また被告毎日新聞社は、その直前である同月二五日にも日本コーポの広告を掲載したが、それ以降は、掲載を断わつている。

以上の各事実が認められ、反証は存しない。

一〇以上判示の事実関係によれば、被告各新聞社が、その発行にかかる新聞に本件広告を掲載した当時、既に警視庁、東京都及び不動産業者などの一部の者の間では日本コーポ等の営業内容に関して疑惑が持たれていたことが認められるものの、他方、昭和四五年五月二八日以前においては、東京都などは右のような疑惑がかえつて債権者の取付け騒ぎを起こす慮があることなどから、これを全く公表せず、被告各新聞社の記者及び広告担当者らも日本コーポの営業内容等について特に疑念を抱いていなかつたことが認められるのであるから、結局、本件広告が竣工前のマンシヨン広告であることを考慮してみても、広告媒体業務に携わる被告各新聞社が本件広告を掲載した昭和四四年六月ないし同四五年一月当時、日本コーポないしその広告内容の真実性について、社会通念上特に疑念を抱くべき事情があつたものとは未だ認め難いところである。

一一上来判示の各事実によれば、被告各新聞社が、本件広告を掲載する当時において、本件広告の内容・種類・性質等の外形それ自体からも、又広告媒体業務に携わる者としても、社会通念上未だ疑念を抱くべき特段の事情があつたとは認められないのであるから、結局同被告らは、原告らに対し、本件広告内容、殊に広告主たる日本コーポの竣工能力について調査・確認すべき契約上の義務を負つていなかつたものといわざるをえない。従つて、被告各新聞社に債務不履行のかどは存しないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの被告各新聞社に対する主位的請求は失当として排斥を免れない。

第二原告らの被告各新聞社に対する予備的請求について

一被告各新聞社が、その発行にかかる新聞に本件広告を掲載したことは前記のとおりである。

そこで、不法行為の成否の見地から、同被告らが本件広告を掲載した際、いかなる注意義務を負つていたかについて検討する。

二一般に新聞社が、その発行にかかる新聞上に広告を掲載するにあたり、その表現又は内容がそれ自体人の名誉・信用を毀損する等民刑事上の法規に牴触することのないよう注意すべき義務を負つていることは明らかである。

しかしながら、すすんで新聞社が、広告内容の真実性、実現可能性についてまで当然にこれを調査・確認すべき義務を負つているものとはにわかに解し難い。蓋し、なるほど広告内容によつては広告が詐欺等の一手段となることがあり、また広告商品の内容等によつては人の生命・身体・財産に重大な影響を及ぼすものであるが、前判示のとおり本来広告は広告主の名と責任のもとになされるものであり、また本件広告の如き不動産の購買勧誘広告にあつてはこれを見る者の購買意欲を喚起させるにすぎず、商品自体の性質からいつても、薬品等の如くその種類が限定されているというわけではないから、購買活動に入るか否かの選択の余地自体が大であり、かつ商品の内容等の調査に要する費用もその物自体の価格に比し通常均衡を失するものとは考えられず、また本件広告それ自体が前記の名誉毀損等の例の如く直ちに人の権利を侵害するものではないからである。従つて、被告各新聞社が、本件広告を掲載するにあたり、その広告内容の真実性について調査・確認をなすべき場合とは、結局前判示にかかる新聞の目的・機能等及び被告各新聞社における本件広告掲載当時の広告審査態勢及びその運用実態等に照らし、本件広告商品の内容・種類・性質などの外形自体から、又は広告媒体業務に携わる者として、社会通念上右広告内容について疑念を抱くべき特段の事情の認められる場合に限られるものというべきである。

しかして、被告各新聞社が、本件広告掲載当時、竣工前のマンシヨン取引という本件広告の内容それ自体からも、又は広告媒体業務に携わる者として、広告主たる日本コーポの営業内容(竣工能力)及び本件広告内容の真実性等について、特に疑念を抱くべき事情が認められないことは前判示のとおりである。

三従つて、被告各新聞社には、本件広告掲載にあたり、その内容の真実性について調査・確認をなすべき注意義務が存したものとはいえないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの被告各新聞社に対する予備的請求も失当として排斥を免れない。

第三原告らの被告各広告社に対する請求について

一被告各広告社が、それぞれ別表三記載の搬入先に対応する被告各新聞社に対し、同表記載の搬入日時に本件広告の版下を搬入したことは、当事者間に争いがない。

そこで、被告各広告社が本件広告を取り次ぎ、その広告版下を被告各新聞社に搬入するにあたり、不特定多数の新聞読者に対し、不法行為の成否の見地からみて、その広告内容の真実性につき調査・確認をなすべき注意義務を負担していたか否かについて判断する。

二<証拠>によると、被告各広告会社がその広告代理業務の一環として、常時その各商号に対応する商号の被告各新聞社に対し、それぞれ新聞広告を取り次いでいたこと、被告各新聞社と被告各広告社との関係は専属的関係ではないことが認められ、右事実に前記認定にかかる、被告各新聞社が新聞広告をすべて特定の広告代理店を通じて受け容れる態勢をとつており、なかには一定の広告面の広告募集を広告代理店の責任としているものがあること、被告各新聞社が広告代理店に対し同新聞社ら作成の広告審査基準を頒布し、これに基づく広告の審査を行うよう要請する一方、被告各新聞社独自には右基準に基づく審査を殆んど行つていなかつたことを総合して判断すれば、広告の募集から取次、審査、搬入、掲載という一連の広告掲載過程において、専属的関係にないとはいえ、被告朝日新聞社と同朝日広告社、被告日本経済新聞社と同日本経済広告社、被告毎日新聞社と同毎日広告社とのそれぞれの関係が密接であり、殊に広告審査に関する限りは被告広告社の側でこれを実施するとのいわば内部分担が定められていたものと認めるのが相当である。

そして右認定事実に加えて、上記認定にかかる昭和四四、五年当時における不動産取引広告に関する法的規制の内容、新聞広告倫理綱領をはじめとする当時の被告各新聞社の広告審査基準の性質及び運用実態、被告広告社における広告主の審査が主として広告代金の回収確保という観点から行われており、広告内容については机上審査にとどまつていたことに照らすと、たとえ被告各広告社が直接広告主と接するのであるから被告各新聞社に比して広告主及び広告内容について調査・確認をなすことが容易な立場にあるとはいつても、本件広告取り次ぎ・搬入当時においては、被告各広告社がその内容について負担すべき注意義務の程度は、被告各新聞社のそれと径庭なきものと解するのが相当である。

三しかして、本件広告は竣工前のマンシヨンの広告ではあるが、同広告につき、その文言等の外形からみて、社会通念上疑念を抱くべき特段の事情が存したと認め難いことは前記のとおりである。また、前記認定事実によれば、昭和四五年五月二八日以前に東京都などの一部の者の間では日本コーポの営業内容等に関して疑惑が持たれていたものの、その公表は差し控えられていたのである。更に、<証拠>によれば、被告各広告社が警視庁の日本コーポに対する前記捜査等によつて初めて日本コーポの営業内容等について疑惑を抱くに至つたこと(この点は、被告毎日新聞社がその直前の昭和四五年五月二五日に日本コーポの広告を掲載していることからも推認できる。)、以後日本コーポをはじめとする日建グループの広告掲載を中止するに至つたことも認められる。そして、以上の事実関係に徴すると、被告各広告社において、本件広告を取り次ぎ、搬入した当時、広告媒体業務に携わる者としても、本件広告内容の真実性について特に疑念を抱くべき事情があつたと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四してみれば、被告各広告社についても、本件広告を取り次ぎ、搬入するにあたり、その内容の真実性について調査・確認をなすべき注意義務が存したとはいえないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの被告各広告社に対する請求は失当である。

第四結論

以上の次第で、原告らの被告に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(小谷卓男 飯田敏彦 佐藤陽一)

別表一、二、三<省略>

広告目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例